「構造的危機」とAMPの使命

安全基準の必要性

1. 序論:観光立国の「光と影」——15兆円の熱狂の裏側で

沖縄県は、政府が掲げる「2030年インバウンド外貨獲得15兆円」という壮大な目標において、その中核を担う世界的リゾート地へと成長を遂げました。2025年(令和7年)、沖縄の入域観光客数は過去最高水準を記録し、エメラルドグリーンの海はかつてない熱狂に包まれています。

しかし、その華やかな経済成長の影で、マリンレジャーの現場は深刻な、そして「構造的」な危機に瀕しています。

2025年の県内水難統計(県警・暫定値)

沖縄県警察の2026年9月3日公表値では、2025年の水難は発生114件、罹災者135人、死者51人、行方不明者0人です(暫定値・2026年9月17日確認)。出典:沖縄県警察。海上保安庁の統計とは集計対象が異なり、数値の差だけで事故の深刻さや未把握の規模を判断することはできません。

事故には、海況、体調、装備、運営体制など複数の要因が関わります。集計値だけから個別の原因を断定することはできません。以下は、AMPが改善すべきと考える制度・運営上の課題と提言です。

現場の危機はもはや「個人の努力」の限界を超えています。


2. 課題①:極端に低い参入障壁が生む「ガイドの質の二極化」

県警察が公表する業種別届出数と、重複を除いた事業者・事業所の実数は区別する必要があります。届出数だけで供給過剰と判断することはできません。事業者情報は県警察の公表一覧への案内をご確認ください。

届出と、安全に運営する能力を区別する

沖縄県では、水上安全条例に基づく届出や安全対策に関する制度が設けられています。業種や運営形態により適用される法令・要件は異なります。AMPは、届出の確認に加え、ガイドの訓練、監視体制、装備、緊急時対応を利用者が確認できる情報整備を重視します。

国家資格の有無、民間資格、届出、マル優指定、民間認証を混同せず、それぞれの制度が何を確認するものかを伝える必要があります。


3. 課題②:安全への投資が評価される市場

AMPは、安全対策が利用者に伝わりにくいと、価格だけの比較が進み、必要な投資が評価されにくくなることを課題と考えています。以下は、運営上注意すべきリスクの例であり、県内事業者全体の実態や個々の事故原因を示す調査結果ではありません。

  1. 人件費の削減: 経験豊富なベテランガイドを維持できず、未熟なスタッフや無資格者に現場を任せる。「1人船長(船頭)」での操業が常態化し、緊急時のバックアップ体制が消失する。
  2. 設備投資の先送り: 船舶のエンジンメンテナンスや救命設備の更新を怠る。
  3. 安全教育の欠如: トレーニング時間を削り、回転率を重視した運営を行う。

安全への投資と継続的な学習を支えることが、AMPの提言です。価格競争が県内の水難死亡の原因であると、この統計から断定することはできません。


4. 課題③:環境資源の「コモンズの悲劇」

安全面だけでなく、沖縄観光の源泉である環境面においても危機は深刻です。サンゴ礁は沖縄最大の観光資産ですが、法的な保護が及ばない海域では、無秩序なアンカリング(錨の投下)によるサンゴ破壊が常態化しています。

これは経済学でいう**「コモンズの悲劇(共有地の悲劇)」**です。 誰もが自由に利用できるがゆえに、誰も管理コストを負担せず、資源が食いつぶされていく。恩納村や石垣島、慶良間海域で顕在化しているオーバーツーリズムの問題は、もはや事業者のモラルや自主ルールだけに頼る限界を超えています。


5. 解決策:AMPが提示する、命と環境を守る「第三の道」

AMPは、現場・行政・研究機関をつなぎ、以下の取り組みを進めています。実施内容と進捗は採択事業・実績、組織の位置づけは理念・沿革をご覧ください。

(1) 安全の可視化:SDO認証の推進

沖縄県警察本部の外郭団体(OMSB)と連携し、「SDO(Safety Diving in Okinawa)認証制度」の普及を強力に支援しています。単なる届出ではなく、保険加入、AED設置、救命訓練の実施といった厳格な基準を満たした「安全対策優良事業者」を可視化。消費者が「価格」ではなく「安全」という価値で選べる市場環境を構築します。

(2) テクノロジーによる救命インフラ:SEAKERの見守り網

GPSトラッカー「SEAKER」を活用した見守りは、位置情報による異変の早期把握と対応を支える取り組みです。受信範囲は電波・地形・機器・運用条件に左右され、位置情報の受信や救助を保証するものではありません。

(3) 学術的知見による「形式知」への転換

現場の「体験知」を「エビデンス(科学的根拠)」に変えるため、名桜大学などの学術機関との連携を進めています。野外教育学やリスクマネジメントの観点から、業界の安全基準を再定義。個人の経験則に頼らない、再現性の高い安全教育カリキュラムの構築を目指しています。


6. 今後の構想:データ駆動型社会に向けた「デジタルプラットフォーム構想」

AMPでは、今後のマリンレジャーのさらなる健全化に向け、**「マリンレジャー安全・環境デジタルプラットフォーム」**の開発を構想しています。実施時期や運用条件は個別の事業計画で示します。

事故を未然に防ぐ「予兆」の集約(案)

現在検討中のこの構想は、日々の「ヒヤリハット(事故の予兆)」データや、気象・海況データをデジタル上で集約・分析するものです。

  • どの海域で、どのような条件下で事故のリスクが高まるのか
  • 現場事業者が共有すべき「危険の芽」はどこにあるのか

これらのデータを蓄積し、将来的には学術機関へ分析案として提案・相談を行うことで、科学的な「安全予報」の発信や、エビデンスに基づいた政策提言を行える体制を構築したいと考えています。これは、大学側の知見を社会実装するための「受け皿」としての機能を想定したものです。


7. 環境保全と経済の調和:守ることが稼ぐことに繋がる仕組み

石垣島などでAMPが設立を支援した「係留ブイ設置協議会」は、漁業者、観光事業者、行政が同じテーブルにつき、合意形成を図るための共通基盤となりました。

環境保全にかかるコストを、入域協力金やブイ利用料として適正な対価で回収する。 「守る」ことが、地域の「資産価値」を高め、結果として事業者の利益に繋がる。 このような持続可能なエコシステムの実装こそが、AMPが目指す地域経済の姿です。


結び:Human Life First. ——人命こそが、唯一無二の価値である

人命よりも優先される経済利益など、この世に存在しません。 沖縄の海を、単なる「安売りの消費地」として使い潰すのではなく、世界中の人々から「最高に安全で、豊かである」と選ばれる持続可能な聖地へと転換させる。

それが、私たち一般社団法人マリンレジャー振興協会(AMP)の果たすべき社会的責任です。


出典・更新履歴

2026年9月17日:2025年県警水難統計の暫定値を更新。異なる統計の比較、届出数と事業者実数の混同、事故原因の断定、見守りの受信保証と受け取られる表現を修正しました。

発信主体:一般社団法人マリンレジャー振興協会(AMP)。関連資料:定点観測データ / 全国比較 / 政策提言・将来構想。訂正連絡:お問い合わせ。